東京高等裁判所 平成11年(う)1875号 判決 2000年2月21日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役二年六月に処する。
この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
理由
本件控訴の趣意は、検察官上田廣一作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、弁護人河合一郎作成の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。
一 論旨
原判決は、強制わいせつ致傷罪の訴因を構成する本件公訴事実について、被害者の傷害の結果は、被告人が、強制わいせつ行為の終了後に、逮捕されることを免れる目的で被害者に暴行を加えたことにより生じたものであって、このような被告人の行為は強制わいせつ致傷罪に該当しないと判示し、被告人に強制わいせつ罪と傷害罪の併合罪の成立を認めているが、被害者に傷害を負わせる原因となった被告人の暴行は、被告人の行った強制わいせつ行為と時間的、場所的に接着し、強制わいせつ行為に通常随伴すると認められる一連、一体の行為であると認められるから、右の暴行により被害者に傷害を負わせた被告人に強制わいせつ致傷罪が成立することは明らかであるのに、原判決は、右の暴行が強制わいせつ行為の終了後、これとは別個の行為として加えられたものであると認定している点で事実誤認の誤りを犯し、ひいては強制わいせつ致傷罪を規定する刑法一八一条の解釈、適用を誤った結果、前記のとおりの結論に至ったものであるから、これらの誤りは、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認及び法令適用の誤りに当たるというのである。
二 本件公訴事実及び原判決の要旨
本件公訴事実は、次のとおりである。すなわち、「被告人は、平成一一年五月一八日午前七時四三分ころから同日午前七時四六分ころまでの間、東京都江東区富岡<番地略>所在の帝都高速度交通営団地下鉄東西線門前仲町駅から東京都中央区日本橋茅場町<番地略>所在の同線茅場町駅までの間を走行中の電車内において、A子(当一六年)に対し、左手をパンティーの中に差し入れ、同女の陰部を指で撫でまわすなどして、強いてわいせつな行為をした上、同茅場町駅に停車中の同電車内において、被告人を逮捕しようとしてその右腕を掴んだ同女に対し、右腕を前に突き出して強く振り払う暴行を加え、よって、同女に全治約一か月間を要する左中指末節骨骨折、左手関節捻挫、左環指捻挫の傷害を負わせた」というものであって、強制わいせつ致傷罪の訴因を構成するものである。
これに対し、原判決は、右公訴事実とほぼ同旨の事実を認定しながら、被告人は、強制わいせつ行為を終了した後、逮捕されることを免れる目的で被害者に暴行を加えた結果、被害者に前記傷害を負わせたことが明らかであって、刑法二三八条のような特別規定が存在しない以上、本件犯行は、強制わいせつ致傷罪には該当しないと判示し、強制わいせつ罪と傷害罪の併合罪の成立を認めたものである。
三 検討
そこで、検討すると、以下に述べるとおり、原判決には事実誤認及び法令適用の誤りがあり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れない。
1 関係証拠を総合すると、本件に関する事実経過は、以下のとおりであった。すなわち、被告人は、平成一一年五月一八日午前七時二四分ころ、営団地下鉄東西線南行徳駅から大手町駅に向かうため、三鷹駅行きの電車に乗車し、乗降ドア付近に立っていたところ、同日午前七時四三分ころ、電車内が非常に混雑し、被告人の横に立っていたA子(当時一六歳)の身体に自分の腕が触れたことから同女に劣情を催し、左手を同女のパンティーの中に差し入れ、同女の陰部を指で撫でまわすなどの強制わいせつ行為をした。そして、同日午前七時四六分ころ、被告人は、同電車が茅場町駅ホームに到着し、被告人がいた側の乗降ドアが開くため、わいせつ行為の継続を断念して左手指をパンティーから抜いたところ、その直後にA子から上着の左袖口を右手でつかまれたので、これを振り切り、乗降ドアから降りて逃走しようとした。すると、今度はA子から右腕を同女の両手でつかまれ、「この人痴漢です。」と叫ばれたため、被告人は、同電車内の同じ位置において、A子を振り切って逃走する目的で、A子につかまれた右腕を前に突き出して強く振り払う暴行を加え、その結果、同女に全治約一か月間を要する左中指末節骨骨折等の前記傷害を負わせた。被告人は、こうしてA子を振り切り、開いた乗降ドアから駅のホームに降りて逃げようとしたが、A子の前記の声を聞いて集ってきた駅員らにより現行犯逮捕された。
2 右に認定した事実によると、被告人がA子につかまれた右腕を前に突き出して強く振り払った行為は、被告人が右経緯により強制わいせつ行為を終了した直後に、強制わいせつ行為が行われたのと全く同じ場所で、被害者から逮捕されるのを免れる目的で行われたものであると認められるから、強制わいせつ行為に随伴する行為であったということができる。そして、被告人は、強制わいせつ行為に随伴する右行為によってA子に前記傷害を負わせたものであるから、このような場合、被告人に強制わいせつ致傷罪の成立を認めるのが相当である(大審院明治四四年六月二九日判決・大審院刑事判決録一七輯一三三〇頁参照)。なお、以上に照らすと、原判決が指摘する、強制わいせつ罪については刑法二三八条に相当するような規定がないなどの点は、前記の結論に影響を及ぼさないものと解される。しかるに、原判決は、被告人の右の行為が強制わいせつ行為とは別個独立の行為であるかの如き認定をした上、強制わいせつ致傷罪の解釈、適用を誤った結果、前記の判断に至ったものと思料されるから、原判決には事実誤認及び法令適用の誤りがあり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかというべきである。論旨は理由がある。
四 破棄自判
よって、刑訴法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書に従い、被告事件につき更に次のとおり判決する。
1 罪となるべき事実
被告人は、平成一一年五月一八日午前七時四三分ころから同日午前七時四六分ころまでの間、東京都江東区富岡<番地略>所在の帝都高速度交通営団地下鉄東西線門前仲町駅から東京都中央区日本橋茅場町<番地略>所在の同線茅場町駅までの間を走行中の電車内において、A子(当時一六歳)に対し、左手をパンティーの中に差し入れ、同女の陰部を指で撫でまわすなどして、強いてわいせつな行為をした上、右茅場町駅に停車中の同電車内において、被告人を逮捕しようとしてその右腕をつかんだ同女に対し、右腕を前に突き出して強く振り払う暴行を加え、よって、同女に全治約一か月間を要する左中指末節骨骨折、左手関節捻挫、左環指捻挫の傷害を負わせたものである。
2 証拠の標目
判示事実全部について、原判決が掲げた全ての証拠を引用する。
3 法令の適用
被告人の判示所為は、刑法一八一条(一七六条前段)に該当するが、所定刑中有期懲役刑を選択し、犯情を考慮して同法六六条、七一条、六八条三号を適用し、酌量減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項ただし書を適用して被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・村上光鵄、裁判官・木口信之、裁判官・杉山愼治)